室町時代をザックリ解説。その二

享徳の乱勃発!(1455年)前回の記事で、ひとつの乱がひとつの乱を生む結果になり、特に関東は結城合戦や上杉禅秀の乱が起こり、そのまま戦国化したと言っていいでしょう。※先の乱についてはこちら!6代将軍義教と関東管領上杉憲実が鎌倉公方足利持氏と争った永享の乱や、結城氏朝らの起こした結城合戦で幕府の権力を増大しました。そして鎌倉府は滅亡することになりました。 しかし、嘉吉の乱で将軍義教が暗殺されると…

続きを読む

荒れる室町時代をザックリと説明。その一

観応の擾乱が起こり政権内で勢力が二分してしまう。 室町幕府という組織は「南北朝の戦い」の最中に生まれた武家政権です。さらに先の歴史を見てみると「嘉吉の乱」や「明徳の変」といった言葉が並んでいます。しかも、南北朝の争いが集結し、和平協定が結ばれた後でさえ多くの戦乱が起こっています。このブログは一つ一つご紹介していくスタイルを取っていますが、今回は室町幕府の「乱に次ぐ乱」を書き起こしてみようと…

続きを読む

オーストラリアが、、、

こんばんは。このブログは基本的には室町幕府、室町時代のことをメインテーマにして書いています。しかし、時々は管理人に日々の想いなんかも徒然と記事にしていきたいと思っています。 さて ロシアワールドカップが開催され、各国盛り上がっていると思います。 先程オーストラリア対フランスが試合をしており、結果としては2対1でフランスが勝ちました。先制点はフランスでしたが、その後すぐにまさかのPK…

続きを読む

室町幕府の4代将軍足利義持を解説してみた。

足利義持とは?先日から室町幕府3代将軍、足利義満のことを記事にしてきました。なんと3記事連続義満関係の記事!!ということはこの義満の息子の義持(よしもち)のことを書かないといけないなあと思い、今回はこの「オヤジ大嫌い長男坊、義持」を取り上げてみたいと思います。 まずはいつもの概略です。 生没年:1386年~1428年(至徳3年・元中3年~応永35年) 別名  :なし 両親  :足…

続きを読む

義満治世の頃は最盛期。

様々な生活様式は室町時代に生まれた。足利義満が将軍として、また太政大臣として政治を行っていた頃、日本の町や村が急速に発展し、「古き良き日本の風景」が生まれた時代でもありました。鎌倉時代の中頃までは農民は広い畑の中にバラバラに家を建てて暮らしていましたが、鎌倉時代後半、特に近畿地方周辺では畑から離れた所にまとまって家を建てて「集落」を作るようになっていきました。現代でも見られる「農村」の風景が…

続きを読む

室町幕府将軍、足利義満の凄さ。

義満の功績。南北合一!!前回の記事で義満の概略から明徳の変について記事にしました。わずか10歳で後を継ぎ、最初こそ管領に政務の権力を渡していましたが、徐々に将軍としての力を手にし、さらには当時巨大な守護だった山名氏を明徳の変で一挙に打ち破り11か国の守護を兼ねていた山名氏をわずか3か国の守護にしたことを記事にしていました。こちらの記事もどうぞ! 次に足利義満の大きな出来事として両朝合一があ…

続きを読む

室町幕府3代将軍義満はどんな人?

10歳で後を継ぐ室町幕府3代将軍足利義満という人は室町幕府にとっては一番メジャーな人物ではないでしょうか?金閣寺を建てた人、アニメの「一休さん」に出ていたお殿様、学校の教科書に載っている人、、、まずはいつものように概略からです。この室町将軍の覚え方に関しては、「金閣寺を建立して、最高権力者に昇り詰めた人」と覚えれば良いと思います。 生没年:1358年~1408年(延文3年~応永15年)在 …

続きを読む

室町幕府以前からあった武家対公家の争い。

この国は元々公家が政治を行っていた。大化の改新という歴史上の出来事を聞いたことがありますか?多分、学校の教科書に出てくるしなんとなく645年「大化の改新」というフレーズだけ覚えている人もいるのではないでしょうか?これは飛鳥時代に「乙巳の変」(いっしのへん)と言いまして、簡単に言うと時の権力者である「蘇我入鹿」という人を中臣鎌足と中大兄皇子が討ちはたし政権を握ったという出来事です。詳しいことは…

続きを読む

室町幕府5代将軍足利義量について解説しました。

14代目と同じくらい影が薄い足利将軍の中にはとても個性が強く、知名度の抜群な将軍が存在します。例えば初代の尊氏はものすごく有名ですよね。さらに金閣寺を建立した義満や銀閣寺建立の義政も有名なほうだと思います。ただ、義政に関しては銀閣寺は知ってるけど義政は知らないという人のほうが多いように感じます。後は「万人恐怖」と言われた義教でしょうか。 今回紹介する将軍は5代目征夷大将軍「足利義量」(…

続きを読む

鎌倉公方について解説してみた。

鎌倉公方とは室町幕府には将軍を中心として当初は家宰と言われていましたが時代が進むに連れて「管領」(かんれい)と言われる役職が創設されました。侍所、政所、評定衆、問注所といった職もあり、基本的には鎌倉幕府の職名をそのまま引き継ぐ形でスタートしました。特に管領は京で将軍の補佐をする職で主に足利一門の細川氏、畠山氏、斯波氏から将軍が任命する形で選ばれました。また、侍所は軍事や警察権を持つことから特…

続きを読む